同じ生年月日の人は同じ運命?

2018.07.07 Saturday

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    同じ生年月日の人は世の中沢山います。

     

    しかし、算命学もそうですが、生年月日でその人の運命を大まかに鑑定します。

    大まかってところが私的にみそですが( ´艸`)

    で、私自身もその辺りが非常に疑問があって。

    それで自分で算命学を学ぼう。と思った訳です。

    同じ生年月日の人は、みんな同じような運命を生きるのか?

    その疑問を自分で解明して納得したかったんですね、ある意味。

    そしてまずは算命学というものを素直に学び、そこに解決できないものがあることを知って。

    それはスピリチュアル的な視点で見て、解決に至るにはヒーリングが絶対的に必要である。

    ということを改めて知ったのです。

     

    同じ生年月日、性別の人は必ず自分の周りにいますよね。

    孫のソーが生まれた時、男の子ばかり7人生まれたのですが、生年月日が同じです。

    しかも全員男子です。

    では同じ運命、同じような人生を歩むのか?となると、、そうでもないんです。

    孫のソーの話を例えでしますね。

     

    孫のソーは、生まれた時から忌神がいます。

    しかも20年間です。しかも!!2歳・3歳と忌神がダブルで重なりまして(-_-;)(-_-;)

    これはもうこの時に命を落としていてもおかしくない。

    大病をしてもおかしくない。そんな星周りでございました。

    無事にこの時期は過ぎましたが、やはり色んなことがありまして。

    でも大事を小事にしたのは、私や母であるりおんちゃんがヒーリングをしていたからだと思っています。

    まあ、守られているんですよね、宇宙の根源に最大限に。

     

    命式を見ても、天下を取るか、それとも一文無しになるか。というような両極端な星周りで(笑)

    これを見た時、正直、怖くなりました。

    なぜ生まれる日が一日づれなかった?と思いましたが、こうゆう運命を持って生まれてきたんです。

    しかも私たちの所に。これはもう仕方ありません。

    それに赤ちゃんや子供の時の忌神は、ゆうなれば周りにいる大人の力量にかかっています。

    両親や祖母などの運勢の強さに左右されているのです。

    なぜなら、赤ちゃんや子供ではどうしようもないからです。

    子供んころの忌神は、両親やその子を実際に守っている大人の運命に大きく左右される。ということなのです。

    ですから私は必死に孫のソーを守っています。

    この子は、普通の親では守れないからです。

     

     

    さて、話は戻ります。

    同じ生年月日の人が全て同じ運命、同じ人生かというと。

    これは違います。なぜなら状況が全く異なるからです。

    ソーと同じ日に生まれた子供も、両親の環境も、住んでいる場所も、状況も全て違うのです。

    同じ状況、環境などあり得ないのです。

    もしかしたら母子家庭の子供もいるかも知れません。

    お母さんが大病を抱えているかも知れません。

    おじいちゃんやおばあちゃんと同居している子供もいればそうでない子供もいます。

    住んでいる場所によって、人は大よその人生が決まります。

    同じ生年月日でありながら、東京で生まれた子供と地球の裏側で生まれた子供では環境が全く異なります。

    環境と状況が全てだと私は思っています。

     

    生まれた子供は真っ白な状態です。

    何も無い状態で生まれてきます。

    そこにまずは生きていく環境がプラスされ、育っていく条件や状況が更にプラスされます。

    そうやってどんどんその子に様々な要素がプラスされていくのです。

    勿論、いい状況ばかりがプラスされるわけではありません。

    マイナスな状況も当然、プラスされていくのです。

     

     

    私は思うのですが。

    その子の為に命を懸けて守ってくれる大人がいるかどうか。で、その子の運命って決まると思うのです。

    その子の幸せって決まると思うのですよ。

    その大事な分部を見ないと、人の人生は語れません。

    算命学だけではその人を鑑定できないと私が思うのは、その辺りなのです。

    私はタロットも見れます。スピリチュアルも。勿論、ヒーリングもできます。

    これ算命学では答えが出ない。

    または解決できない壁にぶち当たった時の、最後の解決策の為にあるのだと思っています。

    そうゆう意味で、私の算命学は他の方と解釈が違うのです。